何を隠そう(隠していない)、

私の音楽の原点はエレクトーンである。



まだ3歳か4歳の時に親が買ってくれて、勝手にいじっていた。

テレビから流れる音楽を聴いて、それを1人で演奏するのが好きだった。

幼稚園の時はヤマハ音楽教室の幼児科に通い、終了時に

「恵美子ちゃんは上のコースに進むべきです」と、先生に勧められ

オーディションを受けて合格し、専門コースに通った。

小学校1年の時から、発表会はオリジナル曲じゃなきゃいけなくて

90分のグループレッスンの他、30分の個人レッスンも毎週のようにあり

レッスン前になるとお腹が痛くなり(登校拒否)、

でも「ちゃんと行ったらメロンソーダ飲んでいいよ。」と母親に言われ

1人で地下鉄に乗って、札幌のヤマハに通い続けた。

仙台に引越しをして、先生も変わった。

グレード試験が大嫌いだったので、5級取ったらやめると宣言し(5級から講師の資格が取れる)

中1なのに5級に合格し、試験地獄から逃れる。

その先生もご主人の転勤で引っ越すことになり、紹介してくださったのは「先生を教える先生」だった。

めっちゃ大御所だったけど、「もうグレード試験は受けたくない。楽しく弾きたい。」という私の気持ちを理解してくれて

「じゃあ、来週までにこれを弾いてきてね。」と、ドラクエのCDを貸してくれたりした。

耳コピの始まり・・・聴いた通りに音を再現して、楽しく演奏するようになった。

中学3年の時に音大進学を決めたので、エレクトーンへの情熱は薄れてきたものの

高校3年まで習い続けた。(お金もいっぱい投資した



エレクトーンからはいろんなものを学んだ・・・

もし、私が小さい頃からピアノだけを習っていたら、今のようにゴスペルを教えることはできなかったと思う。

なんとなく曲を聴いて、適当だけど伴奏を弾くこともできなかったと思う。

うまく表現できないけれど、ビートの感じ方とか・・・がむしゃらにやっていたから身についた部分は大きい。

最初にエレクトーンを買い与えてくれた両親に感謝



以上、「エレクトーンと私」の歴史。



昨日はエレクトーンステージのアンサンブルコンテストというイベントに参加。

審査タイムのゲスト演奏ということで、エレクトーンの伴奏でVoceが歌うという・・・

初めても試み

福生市民会館という、結構遠い会場でした。



エレクトーンを弾いてくださったのは、去年のワークショップでオルガンを弾いてくれた市塚裕子さん。

彼女も元々エレクトーン出身の方なのです。

で、事前に音色を作ったり、ドラムを打ち込んだり、いっぱい時間を費やして大変な作業をしてくれたのです

裕子ちゃん、ありがとう



会場で漏れ聴こえるエレクトーンの音に、いろんな思い出が・・・

この人たち、本当に楽しんで演奏できてるのかしら

コンテストって大変だろうなぁ・・・なんて思いながら舞台袖にいたのでした。



空き時間が長かったんだけど、最近レッスンに参加できていなかったミサの特訓に時間を費やし

気づいたら本番になっていたという。

どんだけ歌っていたんだ、ミサ



いざステージに上がってみれば、最前列で爆睡している子供を発見してしまい

みんな疲れているよね。早く結果聞いて帰りたいよねぇ・・・と思ってしまったわけで。

しっかり歌って、MCは短くてもいいかと。。。

エレクトーンとの思い出を語っても、一歩間違うとつらかった話になりかねないので

がんばっている人には夢をあたえなければ

なんて、短時間にいろいろ考えていた私。



本番は、なぜかリハとモニターの音量が違いすぎて

「エレクトーンとずれたらどうしよう」と、かなり焦ったものでしたが、

恐らくVoceメンバーはあまり気にしておらず、元気よく賛美してくれました。

ほ~めよ~ で始まる"Praise The Lord"では、

途中で「神様、ありがとう・・・」と胸にせまる瞬間もあり。



ゴスペルを聴きに来たわけじゃない人たちの前で歌うというのは、とてもやりにくいものだけど

このイベントに向けて、みんなで練習したことも無駄じゃないし

いい経験になったよねと思ったのでした。



イベントに参加してくれたメンバーと

照明の関係で、後ろの人たちがほとんどわかりませんが。







さぁ、次はレナードのワークショップ

そして、12月の礼拝賛美だよ~
スポンサーサイト



Bishop・・・

うまっ!

comment iconコメント ( 0 )

コメントの投稿






trackback iconトラックバック ( 0 )

Trackback URL:

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)