こう見えて(!?)、私は音大の声楽科を卒業している。



地元仙台で、音楽科のある大学を『芸大受験のリハーサル』のつもりで受験し、合格したにも関わらず、

「私は行くつもりはありません」と声楽の師匠に言い放った。

その師匠は…そこの大学の先生だったにも関わらず!!である。



「何を考えているの?あなたのせいで、誰かが落ちているのよ!」と言われたのに、

高校3年の生意気な私はこう言った。

「…それはその人の実力がそこまでだったのでは」と。



若さゆえとはいえ、恐ろしい…

私が師匠の立場なら、ビンタしてもおかしくなかったかもしれない。



そんなわけで、地元の師匠のもとを飛び出し、私が進んだのは東京にある「音大進学予備校」という特殊な予備校だった。

インターネットも無い時代である。

何のコネも無い私が、何かで広告を見つけ、資料を取り寄せて通うことを決めたところだった。



私は、ちょうど仙台から宇都宮に引っ越す家族のもとを離れ、横浜の祖父母宅から池袋の予備校に通い始めた。

予備校には全国からいろんな人が集まっていた。

東京の人は少なかったように思う。

地方出身者は一人暮らしをしながら通っていた。



全日制で、本当の学校のようなカリキュラムだったので、次第に友達ができていった。

特に、予備校が終わってからも練習場所を借りて一緒に練習していた男の子たちと仲良くなった。



よさくちゃんと私が呼ぶ人もそのうちの1人。

長崎県の出身で、トランペット専攻。

いろいろあって、突然音大進学を決めたので、譜面は読めない、ピアノも弾けない、歌も歌ったことない…みたいな状態だったので、私が教えてあげることになった。

(今思えば、お前も浪人のくせに!と思うが…)



音大にはいろいろな試験がある。

コールユーブンゲンとか、コンコーネとか、知ってて当たり前で歌えなければいけない教則本もあったし、パッと渡された譜面をすぐに歌う試験なんかもあった。

それらのソルフェージュの知識がほぼゼロだったよさくちゃんに、私はピアノを弾きながら教えてあげたのだ。

今思えば、私の生徒第1号と言えるかも!?



何も知らないよさくちゃんの吸収力はすさまじく、また驚くほど歌が上手だった!

私は何度も「歌で芸大受かるよ、このレベルなら…」と言ったんだけど、全く興味を示さず、とりあえず併願する科に必要なソルフェージュの練習だけをした。



もう1つ驚いたのは、ピアノ。

楽器で受験するにしても、ピアノの試験は全員受けなければならない。

彼は譜面が読めないけど耳がすごくいいので…

CDを耳コピして、課題曲であるモーツァルトのソナタをマスターしていた!!

それも、CDそっくりだから、ピアニストのような演奏だった!!



もう1人、一緒に練習していた男の子はピアノ専攻。

でも、こちらも声楽科を併願することになり…

最終的には声楽科に入学したはず。

彼のお兄ちゃんの家が江古田にあったので、みんなで遊びすぎて帰りが遅くなったら、その家にお邪魔して雑魚寝していた私たち。

あぁ、青春。

っていうか、遊ぶ暇あるならもっと練習しろ!だけど。



一緒に練習した記憶は全くないけど、遊ぶ時は一緒にいたのがジョージ。

沖縄出身で、トランペット専攻。

みんなは武蔵野音大借りて楽器の練習をしていたので、それが終わると集まっていたはず。



そんな予備校生活を1年送り、私は芸大の最終選考まで残ったのに落ちてしまい、本当は行くつもりもなかった国立音大に入学することになった。



実は、これは予備校の先生の説得のおかげ。

芸大落ちたら就職する!とか言ってたんだけど、先生が「こんなに才能あるのにもったいない。国音には国音の良さもあるんだから…」と言ってくださったのだ。



私立の音大なんて、入学金だけで200万以上。

浪人もさせてもらって、これ以上親に迷惑をかけたくないと思っていたけど…

今思えば、そこで音楽やめて、中途半端に就職される方が迷惑だったかも!?



仲良しのよさくちゃんも国立音大に合格、ジョージは東京音大に合格。

数人を除き、ほぼみんなどこかしら合格したはず。



大学に行ってからは、予備校時代の友達とはほとんど会うこともなくなった。

でも、よさくちゃんだけは時々会うことができた。



声楽科と楽器の人たちは大学内の校舎が全然違うんだけど、合唱の時間だけ楽器の人たちがいる校舎で授業だった。

そこに向かっていると、遠くからトランペットの音が聴こえる。

いろんな人が一斉に吹いていても、「あ、よさくちゃんの音がする!!」とわかるのだった。

「よさくちゃん~♪」

「おぉ、茂木ちゃん~♪」

そんなやりとりは何度もあったなぁ。



あ、私の旧姓が「茂木」なので、「茂木ちゃん」です。



よさくちゃんとの関係はその後も続き、たまにはお互いの家に遊びに行ったりもした。

どこかに譜面送るから…と、我が家のファックスを使いに来たりとか、その程度かな。

学祭でビックバンドの演奏を聴きに行ったこともあったなぁ~



お互い、携帯電話を持ったのは、大学を卒業してからのはず。

どのタイミングで携帯の番号をゲットしたのかは覚えていないけど、私の携帯にはよさくちゃんの番号があった。かけることはなかったけど、ずーっと残っていた。



そして、ある日。

LINEの友達のところに、よさくちゃんの名前が現れた!!

思わず「よさくちゃん、元気?茂木だよ~」とメッセージを送ってみた。

「うわぁ、久しぶり。元気!?」と、何年ぶりだかわからないけど、やりとりが始まった。


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