伊勢原の駅に降り立った瞬間、
10年近く前の感覚が一気によみがえってきた・・・
ホームレッスンに通ったあの学園は
この角を曲がると見える。
でも、それを見ることが私にはできなかった。

卒業と同時に、私は恩師との連絡を絶っていた。
クラシックの世界から抜け出したくて、
先生とのしがらみから抜け出したくて、
私は違う世界に行きます!と宣言して、離れていった。

あの頃の私は、何か新しいものにチャレンジすることに必死だった。
もがきながら出会ったのがゴスペルだった。
そのことは間違いじゃなかったけれど、
今思えば違う探し方もできたんじゃないかな・・・と感じる。
何も先生との連絡を絶つこともなかったのかもしれない。
先生は私の歩む道を応援してくれたかもしれない。
それでも、私は先生から離れてしまった。
そのときはそれしか方法がないと思っていた。
それくらい、私にとってのクラシックの世界は重荷だった。

教会はたくさんの弔問客であふれかえり、
私は教会に入ることもできず、
隣の幼稚園でテレビの中継を見ていた。
大学の教授や先輩方もたくさん来ていた。
私はちょっと苦しくなった。

3人の方が弔辞を読んだ。
1人目は私もイタリアに同行したことがある、先生の親友。
2人目は私の大学の後輩でもある、先生の姪。
3人目は森久美子さん。先生の一番弟子である。
「歌だけじゃダメよ。恋もしなきゃね!!・・・とよく言われました・・・
先生に出会わなければ、今の私はありませんでした。」
そう語る彼女の言葉に、あの頃を思い出した。

先生はまさに「歌に生き、恋に生き」だった。
最期まで独身だったが、いつも素敵な恋をして、
それを自分の歌で表現していた。
おいしいものが大好きで、ニコニコしながらごはんを食べていた。
素敵なドレスを買っては、「いいでしょ!!」と見せていた。
お父様は亡くなっていたので、
いつもお母様に優しくし、週末には温泉に行っていた。
人生を本当に楽しんでいたと思う。

どうしてあの頃、先生と離れてしまったのだろう。
どうして自分のことしか考えられなかったのだろう。
先生が一番つらいとき、そばにいてあげられなかった・・・
悔しくて、つらくて、ずっと泣きながら式を見守った。
ちょうど私が献花をするとき、先生の歌声が流れ始めた。

「先生、ごめんなさい。ごめんなさい・・・
今度会う時は、もっと素直に話せると思います・・・」
先生らしい、素敵な遺影にむかって
私はそうつぶやいた。

帰り道、駅まで来た私は
ちょっとだけ角を曲がってみた。
懐かしい学園が見えた。
私は深々とおじぎをして、駅に戻った。
私は、いつの日かまた先生と会える・・・
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Thank you!

やはり

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